横浜地方裁判所 昭和58年(行ウ)1号 判決 1985年9月09日
原告 松田精助
被告 豊田由登
右訴訟代理人弁護士 澤野順彦
主文
一 原告の本件訴えのうち、金一五〇万円の支払を求める部分(昭和四七年九月一五日の四五万円、同五〇年二月二二日の五万円及び同五三年八月二六日の一〇〇万円の各支出分)を却下する。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
被告は訴外神奈川県中郡大磯町に対し金三四五万円を支払え。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 原告は、訴外神奈川県中郡大磯町(以下「大磯町」という。)の住民である。
2(一) 訴外伊勢田実外四名(以下「伊勢田ら」という。)は、昭和四七年五月一九日、横浜地方裁判所に対し、訴外大磯町長豊田由登(以下「大磯町長」という。)及び被告個人に対する損害補填等請求の住民訴訟(同裁判所昭和四七年(行ウ)第七号事件、以下「本件四七年事件」という。)を提起し、被告は弁護士山田盛及び同山田尚典(以下「山田弁護士ら」という。)に対し、同事件についての訴訟追行を委任した。
なお、右事件は、訴外ジョンソン株式会社(以下「訴外会社」という。)が大磯町の所有に係る別紙物件目録(一)記載の道路及び農業用かんがい排水路(以下「係争道路等」という。)の敷地付近に工場を建設するに際し、係争道路等を損壊したり、これを同会社の建設敷地の一部として占有使用したところ、大磯町長はこれを援助したのみならず、同町の行政財産である係争道路等の敷地の一部を同会社に対し交換により譲渡したものであり、右は、大磯町の財産の管理を怠り、又は違法に処分したものであるとして、大磯町長に対しては係争道路等の土地の財産管理を怠っていることの違法確認を、また、被告に対しては右管理の懈怠等により大磯町が被ったという損害の賠償を求めたものである。
(二) 被告は、本件四七年事件につき、大磯町長として、山田弁護士らに対し、同町の予算から、昭和四九年九月一五日、着手金内金四五万円(以下「本件(一)(1)公金」という。)、同五〇年二月二二日、着手金残金五万円(以下「本件(一)(2)公金」という。)、同五三年八月二六日、中間金一〇〇万円(以下「本件(一)(3)公金」という。)及び同五七年三月一八日、成功報酬一五〇万円(以下「本件(一)(4)公金」という。なお、以下、本件(一)(1)ないし(4)公金を総称して「本件(一)公金」ということがある。)合計三〇〇万円を支払った。
3(一) また、原告は、横浜地方検察庁小田原支部に対し、昭和五六年九月ころ、虚偽公文書作成罪、同行使罪、職権濫用罪で大磯町長である被告及び同町建設課長池谷久義(以下「建設課長」ということがある。)を告訴し(以下「本件告訴事件」という。)、更に同五七年五月ころ、同町長及び同町監査委員清田正男(以下「監査委員清田」ということがある。)を告発した(以下「本件告発事件」という。なお、以下、本件告訴及び告発事件を併せて「本件告訴等事件」という。)。
なお、本件告訴事件は、別紙物件目録(二)記載の町道大磯四五八号線(以下「四五八号線」という。なお、四五八号線の位置及び隣接土地関係者は別紙四五八号線の位置図及び隣接土地関係者表記載のとおりである。)の境界査定に関するものである。すなわち、大磯町長らが、昭和五三年五月ころ、原告は右境界査定の利害関係人に当らないとし、原告の反対を無視して査定を行ない、同五六年三月ころ、神奈川県湘南地区行政センターに対し、四五八号線につき原告を隣接地主と認めないまま、隣接地主との協議は整っている旨の文書を作成してこれを通知したことが、前記協議が整っていないにもかかわらず、整っているように装って虚偽の公文書を作成し、これを行使し、公務員の職権を濫用したものであるとして告訴されたものである。本件告発事件は、町道大磯四五三号線(以下「四五三号線」という。)の境界の界標石に関するものである。すなわち、大磯町長が、その一部が無効であるにもかかわらず、これを撤去しないまま放置したことが職権濫用罪に当るとして告発されたものである。
(二) 被告は、大磯町長であったが、弁護士澤野順彦(以下「澤野弁護士」という。)に対し、本件告訴等事件について弁護を依頼し、同弁護士に対し、その謝金として、昭和五七年九月二五日、一〇万円(以下「本件(二)(1)公金」という。)及び三五万円(以下「本件(二)(2)公金」という。)なお、以下、本件(二)(1)、(2)公金を「本件(二)公金」ということがある。)合計四五万円を大磯町の予算から支払った。
4 しかし、本件(一)及び(二)公金の支出は、いずれも被告が違法な職務執行行為を行ない、その結果の解決を図るため弁護士に依頼したものであり、自己の違法な職務執行行為の責任を大磯町に転嫁しようとするものであるから、右各公金相当額は被告個人が負担すべきものであることは明らかであるのみならず、その額も合理的範囲の限度を超えた過大なものであり、したがって、本件(一)、(二)公金の支出は違法であり、被告は大磯町に対し、右公金相当額の三四五万円の損害を与えたので、これを賠償する義務がある。
5 原告は、地方自治法(以下「法」という。)二四二条一項に基づき、昭和五七年一〇月一三日、大磯町監査委員に対し、監査・是正措置の請求をしたが、同監査委員は、同年一二月一〇日付で右請求を理由がないものとして棄却し、原告に対し、その旨を書面で通知した。
6 よって、原告は被告に対し、法二四二条の二に基づき、大磯町に代位して、同町に対し、被告の同町に対する損害賠償金三四五万円の支払を求める。
二 請求の原因に対する認否
1 請求の原因1の事実は認める。
2 同2(一)の事実並びに同(二)の事実のうち、被告が大磯町長であったこと及び被告が原告主張の日に山田弁護士らに対し、大磯町の予算から本件(一)公金合計三〇〇万円を支払ったことはいずれも認める。なお、右金員の支払は、大磯町が山田弁護士らに対し、本件四七年事件の訴訟追行を委任したことに係る弁護士報酬であり、被告個人のためのものではないから、何ら違法はない。
3 同3(一)の事実並びに同(二)の事実のうち、被告が大磯町長であったこと及び被告が原告主張の日に澤野弁護士に対し、大磯町の予算から本件(二)公金合計四五万円を支払ったことはいずれも認め、その余は否認する。すなわち、被告は、澤野弁護士に対し、本件告訴等事件についての弁護を依頼したことはない。同弁護士が右事件について横浜地方検察庁小田原支部に対し、上申書を作成したことはあるが、右は、同弁護士が大磯町の自治行政法律相談員であり、顧問弁護士の立場から同町の法律相談の一環として、当該告訴等に係る事実に関する同町の行政措置の経緯を同町の立場でまとめたにすぎない。したがって、右金員の支出は、被告個人の弁護に係るものではなく、同町の法律相談についての報酬であるから、何ら違法はない。
4 同4の事実は否認する。
5 同5の事実は認める。
第三証拠《省略》
理由
一 請求の原因1、同2及び3の各(一)の事実並びに被告が大磯町長として本件(一)、(二)公金を支出したことは、いずれも当事者間に争いがない。
二 先ず、本件四七年事件に係る公金の支出に関する原告の主張について、検討する。
1 大磯町長であった被告は、本件四七年事件に関する事件追行費用及び報酬金として、山田弁護士らに対し、同町の予算から、本件(一)(1)公金(昭和四七年九月一五日四五万円)、同(2)公金(同五〇年二月二二日五万円)、同(3)公金(同五三年八月二六日一〇〇万円)、同(4)公金(同五七年三月一八日一五〇万円)合計三〇〇万円を支払ったこと及び原告が大磯町監査委員に対し、右公金の支出につき、法二四二条一項に基づき、監査・是正措置請求をしたのが昭和五七年一〇月一三日であることは当事者間に争いがない。
右事実によれば、本件(一)(1)ないし(3)公金の支出については法二四二条二項所定の期間内に監査委員に対し監査請求をしていないことが明らかである。
そうすると、本件(一)(1)ないし(3)公金支出に関し、適法な監査請求を経ていないといわざるを得ないから、本件(一)(1)ないし(3)公金の支出に係る原告の請求は不適法である。
2 被告の本件(一)(4)公金の支出につき、先ず、これによって、大磯町が損害を被ったか否かについて、検討する。
前記事実に加え、《証拠省略》を総合すれば、以下の事実を認めることができる。
(一) 本件四七年事件は、訴外会社の工場建設に反対する大磯町の住民が大磯町に対し、同町長が、同会社の利益を図るため、同町所有の係争道路等の敷地を同会社に不法に占有使用させるなどし、違法に同町の財産の管理を怠っているとして、地方自治法二四二条の二第一項三号に基づいて提起された違法確認訴訟(以下「違法確認訴訟」という。)とこれに加えて、同町長であった被告個人に対し、同条同項四号に基づき、同町に代位して、右管理を怠ったことに基づく損害賠償請求訴訟(以下「代位請求訴訟」という。)であること、
(二) 被告は、大磯町長として、昭和四七年七月一一日、違法確認訴訟に応訴するため、同町長の名で、山田弁護士らと同事件につき訴訟委任契約を締結し、手数料を五〇万円、同事件が住民側の取下により終了した場合にも成功報酬を支払う旨の合意がなされたこと、
(三) 違法確認訴訟における住民側の町長に対する主張が、訴訟の経過とともに変り、同事件についての対応が複雑となり、しかも長期化したので、山田弁護士らが、大磯町に対し、前記訴訟委任契約の内容が変更するに至ったとして手数料の増額を求めたため、大磯町長は、弁護士会報酬規定(以下「報酬規定」という。)を参考にしたうえ、一〇〇万円を増額することとし、昭和五三年八月二六日、山田弁護士らとの間で、右手数料を一〇〇万円増額する旨の契約を締結したこと、
(四) 本件四七年事件は、昭和五六年一二月二八日、結局、住民側の訴えの取下により終了したこと、大磯町長は、山田弁護士らに対し、報酬規定に従い、前記訴訟委任契約の手数料額に相当する一五〇万円を成功報酬として支払うこととし、昭和五七年三月一八日、被告の支払命令に基づき大磯町の予算から一五〇万円を支出したこと、
(五) 被告は、本件四七年事件の代位請求訴訟につき、山田弁護士らに対し、被告個人として訴訟追行を委任したが、被告個人として同事件に係る手数料を支払っていないこと、
以上の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
右認定の事実によれば、被告が大磯町長としてなした本件(一)(4)公金の支出は、住民側から同町長を被告とする違法確認訴訟事件における同町長の訴訟代理人であった弁護士に対する成功報酬の支払であり、右費用は、同町長としてこれに応訴するための費用であって、当然同町の事務処理費用として同町が負担すべきものであることが明らかであるところ、同事件は、その解決に約一〇年間の歳月を要したことなどからも、相当の難事件であったものということができるから、被告個人に関する住民代位請求の訴訟事件が併合審理されたか否かに関わらず、右成功報酬額が同町の負担すべき違法確認訴訟事件の報酬金額としても過大であるとまでは断定することができない。
そうすると、被告が大磯町長として本件(一)(4)公金の支出をしたことは、本件四七年事件の違法確認訴訟の応訴費用として本来同町の負担すべき事務処理費用を支出したにすぎなく、また、その額も過大ではないから、同町には何らの損害も生じていないことになる。
被告が大磯町長として本件(一)(4)公金の支出をしたことによって同町が何らの損害を被っていない以上、同町に右損害が発生していることを前提とする原告の主張は、その余の点について、判断するまでもなく、採用することができない。
三 次に、本件(二)公金の支出について検討する。
前記(一項)事実に加え、《証拠省略》を総合すれば、以下の事実を認めることができる。
1 四五八号線は、大正九年四月一日に町道(敷地は国有地)として路線の認定がなされ、以来、大磯町によって維持管理されて来たこと、昭和四二年一月、同町道の隣接土地所有者である訴外鈴木金作(以下「鈴木」という。)から同町に対し、同人所有の同町西小磯字東柳原一三六番の一と同町道との境界を明らかにしてほしい旨の申請がなされたこと、同町は鈴木との間で国有財産法所定の境界確定の協議に準じた方法で協議をし、同四二年五月二日、同町長(当時は訴外中島玄良)と鈴木との間で右協議が成立し、四五八号線との境界が確定したこと、ところが、その後、同町道の反対側隣接土地(同所一三七番の二)所有者から右境界について異議が申し立てられ、再度、関係者間で協議が進められたこと、同五三年五月一九日、同町長(当時は被告)と同町道の隣接土地所有者(鈴木から同町一三六番の一を譲り受けた訴外有限会社近藤建設、同所一三七番の一の訴外加藤福子、同所一三七番の二及び一三八番の訴外柳田盛治)と同町との間で協議が成立したので、右境界確定の協議が成立した場合に倣い、道路査定図及び同意書を作成したうえ、同人らの立会いの下に、境界杭を埋設したこと、
2 原告は、昭和五三年九月、右境界の確定には直接関係がないにもかかわらず、近隣に土地を所有していることから、右協議に異議を唱え、右協議に参加させなかったことを理由に大磯町監査委員に対し監査請求をしたこと、
3 大磯町監査委員は、昭和五三年一〇月、同町長に対し、前記境界の確定は不当ではないが、なお、原告をも加えて円満に協議を整えるよう努力すべきである旨通知したこと、同町長は、前記隣接土地所有者の外に、原告及び訴外石幡隆作(同所一〇四番の所有者)を加えて、右関係者間の調整を試みたが、原告のみが前記境界に異議を述べ、原告を含めた協議の成立の目途が立たないため、同町長は、同五三年五月に同町と前記関係者との間において確定した四五八号線の境界部分については、原告はその隣接土地所有者ではないところから、同五四年八月三〇日、神奈川県湘南地区行政センター所長宛てに四五八号線と隣接土地所有者である有限会社近藤建設、加藤福子、柳田盛治の各土地との境界は同五三年五月の協議の線に確定している旨回答し、その後、同五六年三月三一日、同センター所長に対し、同趣旨の報告書を提出したこと、
4 澤野弁護士は、昭和五六年一月一日当時、大磯町の自治行政法律相談員として、同町の法律相談に応じていたところ、右四五八号線の境界問題に関しても、同町から相談を受け、原告が四五八号線の前記境界確定に係る隣接土地所有者ではない旨の見解を示していたこと、
5 原告は、自己の意見が容れられないことに不満を抱き、昭和五六年九月ころ、横浜地方検察庁小田原支部に対し、大磯町長からの前記行政センター所長宛ての報告書に関し、前記境界協議に際し、協議が成立しないのにこれが成立したような虚偽公文書を作成し、これを行使し、また、職権を濫用したと称し、大磯町長及び同町建設課長を被告訴人として告訴し(本件告訴事件)、更に、四五八号線の前記査定に係る境界は無効であるのに前記のとおり境界杭を埋設したことなどに関して職権濫用であると称し、同町長及び同町監査委員清田を告発した(本件告発事件)こと、大磯町としても、同町の職員等に対して告訴等がなされ、かつ、本件告訴等事件はいずれも町道四五八号線の境界の査定(確定)という同町職員の職務行為に関するうえ、同町道の維持管理にも関することから、同小田原支部に対し同町の立場で右境界問題の経緯、事実関係等をとりまとめた上申書を提出する必要が生じたこと、そこで、同町職員が澤野弁護士と相談し、同弁護士に対して右上申書の作成方を依頼したこと、同弁護士は、右依頼に基づき、本件告訴事件と本件告発事件とに関し、現地を調査したり、関係者から事情を聴取するなどしたうえ、大磯町の名で上申書を二通作成し、同支部に提出したこと、
6 横浜地方検察庁小田原支部は、原告の本件告訴及び本件告発に係る事実につき、いずれも、不処分としたこと、
7 澤野弁護士は、大磯町に対し、昭和五七年九月一四日、本件告訴事件に関する前記相談事件の手数料実費として一〇万円を、また、同日、本件告発事件に関する前記相談事件の手数料実費として三五万円をそれぞれ請求し、同月一七日、右一〇万円については同町助役が同町長に代わって支出命令を発し、右三五万円については同町長が支出命令を発し、右各金員は、同月二五日、同弁護士に支払われたこと、
8 澤野弁護士は、大磯町長、建設課長及び監査委員清田から、本件告訴等事件の弁護について依頼を受けていないこと、
以上の事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
右認定事実によれば、大磯町道四五八号線の境界につき、昭和五三年五月一九日、同町長と隣接地所有者との間に協議が成立し、境界が確定したが、これには同町道敷地が国有地であるから、国有財産法三一条の三所定の国有地と隣接民有地との境界確定の効力こそ生じないが、少くとも同町長が管理する同町道と隣接地との境界を確定し、これを明確ならしめる効力があるものというべきである。したがって、同町長及び同町職員が右協議結果に基づいて同道路査定図を作成したり、また、右境界線上に境界杭を埋設することは、道路管理者としてなすべき当然の職務行為であり、これが違法であるとした原告の本件告訴等は、大磯町道の管理行為を混乱に陥れるものといわざるを得ないから、同町としても、横浜地方検察庁小田原支部に対し、本件告訴事件及び同告発事件に係る事実関係等についてこれを説明する措置を講ずることは当然のことであり、同町長が澤野弁護士に依頼し、右各事件につき同町名義の上申書を作成してこれを同小田原支部に提出し、同弁護士に対し、右費用として本件(二)(1)(2)公金を支出したからといって、これをもって違法な公金の支出であるということができないし、また、右公金の額についても、右認定の事実関係に照らし、これをもって過大であるとも認め難い。
そうすると、原告の本件(二)(1)(2)公金の支出が違法であることを前提とする主張は、その余の点について判断するまでもなく、採用することができない。
四 よって、原告の本件(一)(1)ないし(3)公金に係る損害賠償を求める訴えは、不適法であるから、これを却下することとし、その余の請求は、いずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 古館清吾 裁判官 足立謙三 裁判官澁川滿は転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 古館清吾)
<以下省略>